D.I.'s Memorandum

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アジアが今あるのは日本のお陰です―スリランカの人々が語る歴史に於ける日本の役割
JUGEMテーマ:読書

歴史は、国により見方は違うかもしれない。
けど、日本がどういう想いで戦前を駆け抜け、
最後にはドツボにハマったのか、経緯を理解したい。
欧米列強からのアジア民族、ひいては有色人種の解放を目的に、
アジアで初めて立ち上がったのが日本であったという。
アジア諸国は独立することが出来たのは、
今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは、
日本のお陰だと、アジアの国々はいう。
その歴史を知らないのは、欧米の教育を受けた我々なのだ。
大東亜戦争(第二次世界大戦)で敗戦した、日本に対する処遇を決定するこの会議(昭和26年(1951年)アメリカ・サンフランシスコで開かれた対日講和会議))において、セイロンは対日賠償の一切を放棄しました。そして、「憎悪は憎悪によって消え去るものではなく、ただ愛によってのみ消え去るのである("Hatred ceases not by hatered, but by love.")」という、お釈迦様の教えを引用して日本の完全に独立した自由を(故ジャヤワルダナ初代セイロン大統領は)訴え、世界中の人々を感動させました。(P.4)

このような状況の中、一人の仏教僧が公開の場でキリスト教の教義の矛盾などを徹底的に問い詰めたということがありました。
スリランカでは1860年代から、仏教とキリスト教徒の間に論戦がたびたび行われるようになっていました。
そして、それらの論戦の帰結となったのが、1873年に行われた「パナドゥラ論戦」で、これは大変有名な公開宗教論戦となっています。
■ Migettuwatte Gunananda Thera
...
この論戦の場合、もともとキリスト教側から仕掛けられたものであり、論者も2対1と仏教側に不利なものでした。
しかし、グナーナンダは近代スリランカの最も偉大な雄弁家で、この不利な状況に全く臆することなく、仏教の正当性を理路整然と説き、一方、キリスト教の教義の矛盾を衝いていきました。
論戦は仏教側の決定的な勝利で終わり、その後、論戦が行われることはありませんでした。(P.226)

仏教というのは、自分自身で物事を考えなければならない宗教です。
例えば、仏教ではキリスト教の説くような神はいないと解かれています。神がいるとしたならば、一体それを創造したのは誰なのか。髪が男と女を創造したというが、なぜ男と女はそれぞれ男性器と女性器を持ったのか。それは何のためのものなのか。
誰が原子爆弾に対して責任があるのか。誰が様々な苦しみを受けている子供たちに対しての責任があるのか、などを考えていくのです。(P.231)
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